“「こんな小説読んだことない!」と絶賛の声” 日本ケータイ小説大賞、「あたし彼女」に決定

「こんな小説読んだことがない!」じゃなくて「こんなの小説じゃねーYO!」というのが一般的な反応ではあるのですが、
これからはこういうのも小説と呼ばなくてはならんのですよね。
ケータイ小説に関しては、本田透センセイが新書を出してまして、概ね同意でありまする。


ケータイ小説を程度が低いものとして見下すのは簡単ですが、その前に胸に手を当てて考えてみるといいです。
SFやアニメ、ラノベといった類も純文学や芸術等からは見下す対象として長らく捉えられている訳で、
所謂サブカル好きな面々は、サブカルも文化だ!と訴えたいならばケータイ小説を軽蔑する資格は無いんじゃないかなぁと思う訳です。


語彙が貧弱だとか、ストーリー展開が突拍子も無いといった批判は、自分はケータイ小説読んでないので何とも言えないのですが、
おそらく妥当でしょう。
ただ、ケータイ小説というフォーマットを考えると、実にフォーマットに適した文面じゃないかなぁと。


やたらと空白が多いスカスカな文章は、文章長いと読む気無くなる人間が多い事を考えると当然とも言える。
ケータイ小説読まない人でも、2chで10行とか20行とかいう文章読むのがタルイと感じる事もあるはずだ。
行間を空ける行為も、かつて先行者のようなHPで用いられた方法であり、時間を使わせることによってテンポを生み出そうとしているのではないか。
漫画のページをめくる行為にも似ている。


展開が急なのは、このフォーマットが影響してるのかもしれない。
詰めて書くよりも読むのに時間が取られてるので、普通の小説と同じような展開だと逆にスローに感じるんじゃないかなぁ。
チープな語彙はまぁ、読んでる人のレベルの問題だろうけど。


難しい表現がほとんどなく、淡白なのは普通の小説とは目的が違うからだろう。

文庫版 話を聞かない男、地図が読めない女

文庫版 話を聞かない男、地図が読めない女


多少差別的な見解になるが、結局のところ女子が共感したいからケータイ小説を読む/書く訳で、
共感を引き出すためには小難しい表現を必要としない。
何も変哲もないリアルを描き出しても単調なので、少し手を伸ばせば届くようなリアル感あるネタ…レイープだったりドラッグだったり
が出て、主題は誰もが関心のある恋愛が主題となる。


非常にワンパターンな世界が広がるが、ちょっとした差さえあれば大丈夫。
水戸黄門だって両さんだって基本ワンパターンだけど支持されているし、あまりにも特殊だと共感を得られなくなる。
別に悩みの解決方法を提示する必要はない。むしろ余計だ。共感さえすればカタルシスは得られるのだから。


本田透センセイの解析通り、恐らくケータイ小説が大ベストセラーになる時代はもう終わるだろう。
ベストセラーが減る代わりに点数が増え、全体の売り上げはさほど変わらないまま推移するだろう。
そして、忘れたころに大ヒットがぽろぽろと出るといった感じになるんではないか。
何しろ共感したがってるんだ。売れる事自体が話題になり、相乗効果を生み出す。しかし年に何冊も本を買うような世代ではない。
基本タダで読めるケータイ小説が売れるのは、ファンアイテムだという本田透センセイの考察はなるほどだと思いましたね。


さらに考察するならば、大賞に選ばれた作家の年齢。大賞受賞者は23歳だが、他の受賞は30歳近くの人もいる。
恐らく作家の低年齢化、というより読み手と書き手が同じ世代になっていくだろう。
ひとつ疑問なのが、ケータイなのに絵文字が(恐らく)存在しないこと。
docomoauなどのプラットフォームが違えば表示できないといった問題があるのかもしれないが、
もしこの問題が解決されたなら絵文字が定着することになるだろう。
絵文字ほど文字数の省略をしつつ、表情や感情を表すのに優れた表現方法はないし、
共感するのに最も必要なのは表情や感情を表すことだ。


個人的な結論として、ケータイ小説が出現したのは理解できるが、共感したり読んだりするような事は一生ねーだろうなw
女子による女子の為の小説なのだから。