オバマ・ショック 越智道雄, 町山智浩

オバマ・ショック (集英社新書 477A)

オバマ・ショック (集英社新書 477A)

ウリ的に町山智浩と言えばウェイン町山の本名なんですが、世の中的にはストリームの「コラムの花道」に出てる人だったり、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)でヒットした人なんでしょうか。
越智道雄って人は知らなかったが、この人も面白いな。暫くこの人の本を当たってみよう。


オバマに関する記述は1/3程度だが、残り2/3もオバマ政権が誕生した背景を知る上で必要なので詐欺とまでは言えないか。
オバマに対する印象は「こいつホンマにノンポリだな」という一点だが、その理由が解った気がする。
無国籍的であり、多人種的であり、無宗教的である。自由自在、融通無碍な存在なんだな。

p161
越智 だから、オバマをひと言で表現するなら「絶対的アウトサイダー」ということになると思うんです。人種、階級、宗教、コミュニティ、家族関係などあらゆる側面で、どこにも帰属してこなかった。あるいは帰属できなかった人ですね。
町山 逆に言えば、どこにでも帰属するとも言えます。演説でもそのことを強調しています。さまざまなアメリカを内包する自分は、バラバラになったアメリカの再統合であると。
(中略)よくアメリカで言われていたジョークが、「オバマは黒人でもあり、白人でもあり、アジア人でもある。唯一、なれないのは女だ。」でも、その唯一のネック(?)だった「女」のヒラリーからも、相当の女性票を奪ってしまった。

こういう人間が調整型になると、無類の強さを発揮する。現に人事の巧みさについては評価が高い。
懸念材料として、やはり実績の無さだろう。実績ないが故にまた自由自在であり融通無碍なのだが。
今求められているのは意見の調整ではなく、問題の解決(≒経済再生)。
不況対策の専門家を重用しているので期待は持てるが、果たして上手くいくかどうか...


オバマ以外のことについての記述のうち、気に入ったトピックスをいくつか引用する。

p71-72
町山 2000年の大統領選にブッシュが立候補したとき、こんなことがありました。テレビ討論会で司会が「ソーシャル・セキュリティ(社会保障制度)をどう立て直すか」という質問をしたら、ブッシュは「それって連邦政府の事業なの?」って聞き返したんですよ。会場から「知らないの?」って野次が飛んで、慌てたブッシュは「え?政府の事業なの?」って、思わず討論の相手であるゴアに尋ねてしまった。するとゴアは「ダメだこいつ」って表情で首をかしげて「ええ……大事な事業ですよ」って教えてあげたんです。ブッシュは「思いやりのある保守」をスローガンにしていたので保守にもかかわらず福祉に興味があるのかと思っていたら、ソーシャル・セキュリティも知らなかった。で、当然、支持率が下がると思ったら、株を下げたのはゴアのほうでした。「知ったかぶりして偉そうに」と反感を買ったんです。
越智 それは1980年の大統領選のレーガンとカーターのディベートの再現ですね。カーターは数字に強いので経済や財政に関するいろんな数値を次々にあげて、レーガンに「さあ、どうだ」って感じで迫ったんですが、レーガンはやれやれって肩をすくめて「There you go again(あんた、またそれを言う)」って哀れむようにカーターを見下して笑ったんです。これでレーガンは好感度を上げてしまった。反知性主義の勝った瞬間でした。

だめだこの国、何とかしないと。
漢字読めなくて叩かれてる方がよっぽど健全ですな。私は英語出来るんだから多少大目に見ようよという立場ですが。

p92
越智 「人間が昔より強欲になったわけではない。強欲さをむき出しにできる回路が途方もなく拡大されただけなのだ」。これ、誰の台詞だと思います?アラン・グリーンスパン(FRB=連邦準備制度委員会の前会長)ですよ。サブプライムローンが破綻するよりもかなり前、2002年7月16日の連邦議会での発言です。「強欲さをむき出しにできる回路の拡大」というのは、具体的には投資銀行、つまり証券会社に対する規制緩和ですね。一見、この発言だけだとグリーンスパンは警鐘を鳴らしているように聞こえますが、90年代後半にデリバティブ(金融派生商品)が問題になったとき、彼は「リスク分散可能な構造を持っているからOKだ」(「ニューヨーク・タイムズ」2008年3月23日)と言っていた。結局は、「回路の拡大」に手を貸したのです。

まぁ単なるリスクなのか、不確実性なのかは今から判断するのは簡単だが当時は難しかった訳で(当たり前か)。
こんなエリートがここまで解っていても失敗するのだから、個人的にはエリート主義には共感できないなぁ。
少なくともエリート主義だけに信頼を置くのは無理。

p116
町山 ファリード・ザカリヤは2008年に邦訳された『アメリカ後の世界』という本で、イラク戦争と、19世紀末から20世紀頭のボーア戦争との類似点について書いています。当時の覇権国家だったイギリスが、金とダイヤモンドを求めて南アフリカに攻め込んだら、徹底したゲリラ戦に引きずり込まれて、戦況は泥沼化する。結局、イギリスはものすごく疲弊してしまって、そこから衰退が始まった。
越智 ボーア戦争南アフリカの「南北戦争」でもありました。負けたオランダ系がアパルトヘイトを制度化してイギリス系に対抗し、国を疲弊させた。アメリカ南部が温存させた人種差別が国全体に暗い影を落としたのと似ています。イギリス側で、南あるふぃか征服の先兵になっていたのがセシル・ローズですね。彼が言っていたのは、「ここで得られる富を使って、独立戦争で奪われたアメリカを取り戻し、さらにはイギリス領を世界中へ拡大していくべきだ」という……。
町山 世界を全部イギリス化すべし、と。
越智 そうそう
町山 ネオコンと同じことを言ってるじゃないですか(笑)。

まぁこの論拠が正しければベトナム戦争後にアメリカは滅んでないといけない訳ですが。
経済的に低下傾向になったと言い逃れできますけれど。滅ぶかどうかは国力に余力があるかどうかとも言えるか。
少なくとも相似性があるのは認める。

p134-137
町山 (前略)率直に言うと、いま、ハリウッドには全然お金が入ってこないんです。それまで制作費を調達してきた投資会社からのお金がストップしてしまったんですよ。メリルリンチとかJPモルガンとか、大手の証券会社はハリウッド用のファンドを組んで世界から資金を集めてたんですが、サブプライムで大損したおかげで、一斉に蛇口を閉めてしまったんです。
 もともとハリウッド投資というのはリスクが大きくて、その割に結果がなかなか出ないんですね。お金を入れてから映画がつくられるまで、だいたい五年。儲けが出て配当が入ってくるまでさらに一年以上かかるわけです。加えて、ハリウッドのスタジオというのはどんなに儲かっていても「宣伝費やら経費やらで赤字だ」と言い張るので、信用がない。だから、あっという間に資金が引き上げられてしまった。
越智 要するに、このままだと映画がつくられなくなってしまう。
町山 資金がストップすると、おそらく、その三年後くらいから影響が出てくると思います。新作を出すことができなくなって、リバイバルでいくしかない、とか。この話をすると、みんな怪訝な顔をするんですね。「ハリウッドは巨大資本の傘下に入っているんじゃないの?」と。でも、巨大資本がハリウッドを抱えていたのは、自分たちの金で映画をつくって儲けようとしたわけではなくて、ファンドのような形で資金が入ってくるからだったんです。世界中に通じる看板だから、いちばん簡単にお金が集まるだろう、と。
越智 少し前になりますけど、9・11の年だから2001年かな。小森克平さんというユニバーサルで働いている日系人の方と知り合って、「越智さん、ハリウッド全体で動くお金は、日本円でどのくらいだと思いますか?」と聞かれたんです。見当もつかないので、10兆円くらい?と答えたら「いや、三兆円です」。そんなものか、と思ったな。
町山 こちらがイメージしているほどではないんですよ。実際、ハリウッドは産業の規模としてはゲーム業界を下回ります。あと、インドの映画産業よりも小さい。(中略)だから、先日、インドのメディア・コングロマリット「リライアンス」社がスピルバーグの経営するドリームワークスに全面出資を決めたんですよ。
越智 下請けですね。
町山 そう。ハリウッドが下請けをやっているんですよ。(中略)実際、いまのハリウッド映画は、アメリカ国内という設定のシーンでも、撮影はカナダやオーストラリアやニュージーランド、それにヨーロッパですね。(中略)なぜかと言うと、ドイツでは、自国で撮影されたハリウッド映画に投資すると免税になるんです。あるいは、イギリス人の俳優が主演する作品が多くなっているのも同様の理由で、イギリスでは、自国の俳優が出ている映画に投資するときはやはり免税になる。つまり、そっちのほうが資金を集めやすいというだけの理由で、ハリウッドの"国外流出"が加速しているわけです。(中略)アメリカ国内でやるのは宣伝活動だけ。
越智 国内に唯一残った産業はマーケティングというわけだ。つまり、生産の現場は国外にアウトソーシングしてしまって、国内では管理進行だけをやる。GMやフォードの工場は国外にあって、デトロイトの本社ビルにいるのは重役だけ、という図式と同じですね。
町山 ハリウッドだけはアメリカの最後の産業として残るのかと思っていたんですけど、どんどん解体へ向かって動いているのが現実なんです。

正直、ここまでアメリカの産業空洞化が進んでいることには驚いた。
残った産業は情報・サービス業。製造業で唯一残ったのは建築関連、と。
なるほどサブプライムローンで住宅バブルが起きる訳だ。(住宅価格が下落しないという神話もその一因だろうが)
こういう話を見るにつけ、アメリカを手本にするのはあまりよろしくないのでは?と思いますね。